院長のひとりごと

2015.01.24更新

  久しぶりに12時少し前に家の外に出てみました。昨日の雨と今日の風の強さから、いつの間にか北東の空に北斗七星がくっきりと輝いています。冬の夜空の象徴であるオリオン座は南の中心を外れ西の方角で輝いています。オリオンのベルトもくっきりと見え、空気の澄んでいることを感じさせます。さらに今は、南を少し外れて冬の大三角の一角を担うシリウスの輝きよりもひときわ明るく木星が光を放っています。オリオンのベテルギウスも輝いて見えているけれども、この光は何万光年の前の光を見ているにすぎず、今はもうこの星は爆発してなくなっているかもしれないというような話を思い出したりして見ていると、人間が地球上に発生して今までの時間は、地球ができてからの46億年を1年として例えてみると、大晦日の最後の30分にも満たないとされますが、この夜空に広がる宇宙史の時間軸の中では一瞬の瞬きの時間にもならないんだなあ、そうなると自分の人生における悩みや、日頃のストレスなどなんてちっぽけなことなんだろうと、心が落ち着き澄んできます。しかしこんな時でも闘争本能のおもむくままに悲惨な戦争が繰り広げられています。中東などでは今の日本よりもずっと空は澄んでいるはずですから、みんな戦うのを止めて、夜空をじっと見つめて、大勢の勢いに流されている自分ではなくて、たった一人の人間として自分の今やっていることは何なのだろうと、自問自答してみてほしいものだなあと思ってしまいます。

投稿者: いくたウィメンズクリニック

2015.01.08更新

 昨日久しぶりに地下鉄に乗って自宅に帰ったのですが、桜通線はそれほどの混雑ではなかったので、席が空いて座ってみると大体座っている人の7割以上がスマートフォンかタブレットを出して眺めて指を動かしています。どこかのテレビだったかでそんなことを言っていたので、成る程成る程と納得してしまいました。若い人たちだけかと思いきや中年、それよりは年齢が上という人たちも同じようにスマートフォンに触っていました。若い人たちはメールでもしているのかなあとも思いましたが、どうもそんな感じではないようで、画面をスクロールしたりしていました。恐らくゲームのような物をしているのでしょうねえ、こまめに指を動かしています。最近はやりの携帯ゲームなのかなあと思いましたが、そんなに面白いものかなあと考えてしまいました。一昔前なら子供たちが任天堂やソニーのゲーム機で必死に遊ぶ姿が見られましたが、そういう子供が大きくなって今成人を過ぎたからでしょうかねえ?隣に座っていた20歳前半かなあと思われる女性は上下にモニターが着いていたから恐らくゲーム機なのでしょう、ずーっと画面を見っぱなしで、ですご勢いで両手の指ボタンで押し続けていました。その女性の両脇に座るには少し狭いスペースがあり、そちらかに座る位置をずらせばもう一人楽々っすわれるスペースが出来るのですが、一心不乱にゲームにのめり込んでいて、後で女子高生が片方の狭いスペースに座ろうと割り込んだときに初めて少しゲームをしたまま少し体をずらしました。その光景を見ていてヤレヤレ家に帰ってじっくりすればいいのにこういうところではせっかくの若い女性の魅力を半減させるのになあと思ってしまいました。ちょっと興味を持ったのはおじさんたちの携帯いじりです。こういう姿を見ると、マンヲッチングが好きな私としては、何をしているのかなあ?仕事の関係でインターネット接続をしているのかなあ?まさかゲームではあの指使いではあり得ないなあ。とか想像してしまいます。髪の毛もきちっと整えてネクタイをしてコートを羽織って手入れの行き届いた革靴を履いていたりすると、きっとサラリーマンで、身につけている物からすると中間以上の管理職かな?とすると覗き込んでいる携帯の画面は何なのだろう?仕事関係のことでインターネットで調べ物をしているのかな、それとも仕事関係の資料などを携帯画面にクラウドを使って表示しているのかな?などとあれこれ想像・詮索してしまいます(全くもって、いらんお世話ですが)。更に更に想像は膨らんでいってしまいますが、地下鉄に乗っている時間は20分ほどなので、あれこれ想像が膨らんでいるうちに降りる駅にたどり着いてしまい、地下鉄のドアがプッシューッと開くとそれまでの自分の想像の世界から、いつもながらの通常の世界への扉が開いてマンヲッチングも終了となります。

投稿者: いくたウィメンズクリニック

2015.01.02更新

 北陸地方など日本海側の地方では珍しくもないでしょうが、名古屋でのお正月の積雪は最近では珍しかったですね。朝5cmくらいに積もっていてもお昼過ぎにはほとんど溶けてしまうような雪ではあるのですが、朝あまり広い庭でもないですが、庭の木に積もった雪にちらほら舞う雪の景色はなかなか情緒がありますね。和室で雪見障子越しにそんな景色を見ながら、お酒を口に運ぶなどというのは絵になりますね。絵にはなりますが、実際には私はお酒はいっさい飲まないですし、雪見障子も親の家にはありますが、自宅にはありません。昔は冬が好きで雪が降って積もってくるとそれを見るだけでうきうきわくわくしてきて、雪だるまを作らないと気が済まないものでしたが、最近は寒さが堪えるのでトンとしなくなりましたね。でもそういう景色を見ていると気持ちが弾むのは変わりません。地球の温暖化でしょうか、私が子供の頃に比べると名古屋の積雪の回数も減ってきましたねえ。昔は長靴が埋もれそうになるまでの積雪がよくあったと記憶しているのですが、最近はトンとそんな積雪には出会わなくなりました。しかし、温暖化と関連するのでしょうが、異常気象がよくみられ今回のような大寒波によるどか雪が降ったりするので、積雪に慣れている日本海側の地方でもライフラインが寸断される事態も起こるようになったりしています。未だかって無いという表現が気象の分野でもよく使われるようになったのには非常に気になりますね。雪というのは目に見える世界をすべて白く覆って美しい景色を見せてくれるのですが、雪国の人達にとっては迷惑千万な雪なのでしょうね。でも、お休みの日に5cmくらいは積もってくれると歳を取っても嬉しくなるのです。

投稿者: いくたウィメンズクリニック

2015.01.02更新

書こう書こうと思っていたのですが、結構前回から時間が経ってしまいました。

 私は温泉が結構すきでして、昔は結構彼方此方に温泉に入るために出かけたりしたものですが、最近ではそんな時間が取れず、実家へ行った帰りに入って帰るくらいしかできないのが残念です。実家のゆーゆうアリーナとか宮の湯とか稀に梅の湯に入る事がほとんどですが、たまになばなの里に行ったりすると里の湯に入ってきます。ここ里の湯はまあ長島の温泉と同じでこれと言っての特徴はないのですが、何と言っても施設の割に入浴客が少なく、のんびりゆったりと入っていられるのが一番いいですね。一番大きな浴槽も3面がガラス張りで大きく解放されるので、野天風呂に入っているような気分が味わえるのがいいです。本当は硫黄のにおいがプンと鼻につくような温泉が好きではあるのですが、残念ながら近くにはそういう温泉はありませんね。何故温泉に入っていると気持ちよくて、自宅の浴槽での入浴ではそれほど気持ちがいいとはいえないのか、あれこれ考えていたのですが、最終的な結論は何と言っても大きな浴槽に使っているときの湯の動きが気持ちよいという感じを引き起こしているような気がします。小さ浴槽では起こらないゆったりとした湯の波が体を揺らす感じがものすごく気持ちいいのですね。1/fの揺らぎというのが以前話題になっていましたが、そういうゆったりとした、他の人の出入りによって起こされる不規則な湯船の湯の揺れが気持ちいいのですね。小さな浴槽ではこういうゆったりとした湯の動きは起こらないのですね。小さな動きは起こりますが、これでは気持ちがいいという感じにはなりません。ジャグジーのような動きはまた別で局所的なマッサージ効果はありますが、大浴槽内で目を閉じて体がゆらゆらと湯の動きの揺らされる感じが精神を非常にリラックスさせるのですね。ですから、あまりに入浴客がいると波が起こりすぎて気持ちの良さが減少してしまいます。こういう意味でなばなの"里の湯"が気持ちいいのです。もしお出かけになる機会がありましたら、イルミネーションだけではなく一度入浴してみられる事をお勧めします。

投稿者: いくたウィメンズクリニック

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